英語でケンカする!

ロンドン在住。日頃イギリス人と派手にケンカしております。
でも英語でケンカは、日本人には不利。
一発で効く言葉、正しい論法、必ず勝てる方法を紹介します。負けないぞ!





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どうして神様は「悪」を作ったか、という疑問に
おれんぢさんのコメントにあった、
傲慢で醜い気持ちを備えた"人間"を作った神様がとても憎いです。
というテーマを今回はとりあげてみます。

ここ一週間ほど、めずらしく風邪をひき、咳が出てろくに寝られない夜が何日かあった。こんなときには決まって、「健康って大事なんだなー」と思い知らされる。
丈夫な人間というのは、健康でいるのが当たり前で、ありがたいとも思わない。それを失ったときになって、どんなに大事なことかわかったりする。勝手なものだけど、それは人間の性分。おそらく、人間は放っておけばどんどんそうなっていくタチなのではないか。

人間も社会も自然現象も同じ。
よく思える、というのは、明らかに反対のものを並べたときにわかる。いい社会と思えるのは悪い社会があるから。いい天気と思えるのは、悪い天気があるから。いい友達とか信用できる仲間、と思えるのは嫌な人間たちもたくさんいるから。

ほかにもこういうことが、対比の例となります。

健康な人→病気になる
平和な国→戦争になる
穏やかで安定した土地→嵐や洪水や地震で壊れる
優しかった恋人→裏切って冷たくなる
ごちそう→腐って異臭を放つ
元気な若い人間→寝たきり老人になる

左側が善で、右側が悪という意味ではありません。
右のような状態があるから、左が貴重でありがたいものだとわかる、ということです。

だから神様(が存在しているならば)つまり、大自然は、素晴らしくて美しくて感動するようなものたちを存在させると同時に、その全く反対のものたちを同じ次元に存在させている。そうすることによって、私たちにメッセージを送っている。真っ赤に染まる夕陽がいくら美しくても、それは刻々と色を変え、やがて夜になる。だが、また朝は必ず来る。春のつぼみは大輪の花になるが、秋には枯れ果てる…というように。

世の中の秩序というものは、常にプラスとマイナスの両面があってそれを延々と繰り返していると言うメッセージなのです。化学式を思い出してみてもわかります。物質は常に安定したがる。手が余ったらつなぎたくなり、足りないものは補おうとする。元素という小さな単位からして、そうなのです。それが自然の摂理なのです。

人間は大自然の中の一種類の生物であるから、この大きな秩序の中に完全に組み込まれて生きる存在です。私たち人間だけが違う秩序、ルールの中に生きているわけではない。

人を貶めて(おとしめて)喜びを得る人間たちの存在もまた、ある意味においては、私たちの社会に役立っているのです。少なくとも良心ある人間にとっては、「ああなってはいけない」「あのように恥ずかしい人間にはなりたくない」と思わせる格好のモデルとなります。
ただ、いじめられる被害者にしてみれば、そのような達観した視線で彼らを見られないのも事実です。果てしなく続くように思えるストレスと行き場のなさに、死ぬことしか思い知らせる方法はないと思うのもよくよくわかります。(私も同じ状況を、自分の家で味わっていました。この私こそ、長い間、いつも死ぬことばかり考えていた人間だったのです)

しかし、なんとか生きてしまいました。こうやってサバイバルしてみて、私たちはやはり何とかして生き延びる、生き抜くことを考えるべきだと思います。地球上に生きるものたちには、生存の欲求というものがあります。それは多分、生きてこそやれることがあるからでしょう。生物だから子孫を残すことであり、人間として他に知恵を伝承していくことも大切です。でも、とにかく最大にして最高の生きる意味は、とにかく生きることなんだと思います。 
あらゆる執着から解き放たれて、どんな自分にもなるんだという覚悟を決めて生きていくことです。ひらたくいえば、気楽にやっていくことです。

もともと私たちは、自然のままで淡々と生きていけるはずなのです。さっきも書きましたが、それが自然の摂理なのです。なぜなら、そうでなければ地球の生き物は全滅するはずで(植物も含む)ということは、地球自身も生き物として成り立たなくなるでしょう。
そんなのあり得ないですよね。ふつーにゆるーくしていればいい。地球は会社じゃない。ライブドアやリーマンブラザースじゃないのです。あんな利益追求、成果主義の権化みたいなものだったら、逆に私たち人間なんてとっくにクビになっているはずだし(笑)

私たち人間は、まったく不完全でバカでどうしようもない生き物です。しかしなお自然から、太陽や空気や水を与えられ、それでも生きよと手をさしのべられている、この事実を真摯に受け止めて、苦しくなったら空を見上げてみます。たとえ雲が太陽を覆っていても、雲の縁には太陽の光がこぼれているのがわかるでしょう。
これは、「希望だけは捨てちゃいけない」という神様からのメッセージなのです。

Every cloud has a silver lining
どんな雲の裏側にも太陽があって輝いている
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コメント
今晩は、おれんぢです。今回も、お邪魔させて頂きます!!

色々考えていたのですが、『善と悪』『天使と悪魔』の存在がいかに私たち人間に必要なのか。このお題は、本当に難しい(と言いつつ、自分で言い出した事ですが…)ですよね。
友達に、中学生の時にその類の学校に通っていた子がいたので、聖書について教えてもらいました。

善があるから悪がある、善がなければ悪はない。友達に聞いたとき、そう思いました。正直、ここまで深い話だと思っていませんでした。
良い人間がいるからこそ、悪い人間がいる。悪い人間がいてこそ、良い人間が存在する。たかが悪、されど悪…ですね。笑

どちらも存在しないと、私の様な愚民はわからないですよね。それが"自然"だと思うと、「神様ってすごい事考えたな」とも思うし、「その両方を生み出した神様って怖い」とも思ってしまいます。

必ずと言って良いほど、ギリシャ神話には天使と悪魔は出てきますもんね。私が最近知った悪魔は、"メフィストフェレス"という名前の悪魔でした。個人的に、これ関係の事は怖くて好きではないのですが、少し魅力を感じていたりもします。

それでも、みんな仲良く平和に…と願ってしまいます。人間がこんなんじゃ、絶対に無理なのは目に見えてますけど。無いもの強請りですかね。
レッド金魚さんが言っていた、神様からのメッセージを少しでも感じれたら、それはそれで幸せですね。
| おれんぢ | 2006/12/01 5:19 PM |
おれんぢさんコメントありがとうございました。

善悪どちらも存在しないとわからない、ということについて。
存在しないモノは、概念さえわからないということなんです。
天と地。それは地があることで天がわかる。このまえの繰り返しになってしまうけど、概念を持つために、逆の存在は必要なのです。男連ぢさんが愚民だなんてことはまったくなくて、誰でもそうです。

皆が仲良く平和に、というのは実現可能です。私たちはただ概念を知るために逆を知る必要があるだけであって、両方50%ずつ存在することが決められているわけじゃないから。

”ゼロに安定したがる自然の摂理”を思い出せばいいのです。メフィストフェレスだって、天界に行くチャンスがある人間を羨ましく思っているらしいです。悪魔になったこと、やってきたことに後悔があり、最後の審判で許されて真人間(笑)になりたいらしい。
そのためにこれから良いこと(ボランティア活動など)をする悪魔になるんだろうか。

悪魔と言ったら非現実的だけど、実際はまわりにたくさんいますね。いじめや暴力を快楽として楽しむ鬼畜たち。親や友達さえ騙し陥れる詐欺常習犯たち。

おれんぢさんなら、許しますか? 

許されたいと心から望み、反省と後悔をしている者は許されていいと私は思います。
たとえ悪魔であっても、自然はチャンスを与えている。つまりゼロに戻る道を与えているのは自然の摂理かなと思うこの頃です。

本当に極悪非道な人間は(悪魔は)私たちが手を下さなくても、自然が淘汰してくれると信じています。だから私自身は人を罰する行為をしないで、ただ見つめているに徹しています。

達観しすぎ?(笑)

| レッド金魚 | 2006/12/02 5:13 AM |
こんにちは、コメントありがとうございます!!

私は、人間=悪魔なのかな、と思ったりします。むしろ、悪魔より人間の方が非道で恐ろしい生き物なのかな…とも。
今日知ったニュースでは、事故などで亡くなった小さな子供たちの写真(死体の写真だったと思います)を、非難の言葉と一緒にホームページに載せていた人がいたとか。そのサイトの管理人は、小学校の教諭だったそうです。
少しでも良心があるなら、こんな事出来ませんよね。確かに、良心がある人間も少なからずいるはずですが、最近の日本は"人間"が病んでると思います。何とも残酷だな…。

それでも、悪魔が良心があると信じたいです。レッド金魚さんと一緒で、少しでも反省しているなら私は許しても良いと思います。
それがないなら、あとは神頼みです。『天罰が下る』のを待つしかありませんよね。それがなくなるのが一番ですが。

と、真昼間から考える私。幸せボケすぎです。笑
| おれんぢ | 2006/12/03 2:10 PM |
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