英語でケンカする!

ロンドン在住。日頃イギリス人と派手にケンカしております。
でも英語でケンカは、日本人には不利。
一発で効く言葉、正しい論法、必ず勝てる方法を紹介します。負けないぞ!





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加藤 智大へ
加藤 智大が携帯の掲示板に残したログには、社会の闇がくっきりと浮かび上がっていて、読みながら涙が止まらなかった。

この25才にとって、生きている証は、世間を震撼させる大事件の中心人物になることだった。

でも、その原因は情けないほど単純。
この25才には、話相手がいなかった。
友だちも、家族も、恋人も。
誰からも必要とされない。また必死で守る者もなかった。
ナイフ屋で店員としゃべって、その後「人と話すっていい」なんて言うんだ。
そんなことくらいで感動する程、コミュニケーションに飢えていた。


「誰かと話す」 
人間としてこんな最低限のなぐさみすら持てない人生。
檻のない独房に生きるようなものだ。

人間は、呼吸していさえすれば生きてるってことなのか。
違う。
人間は、人間らしく生きるから人間。
なのにその尊厳さえ保つことが難しくなっている。

こういう人たちが激増している社会の現実。
時給いくらで、一日に何個作って、歩留まりはいくら以下で、
自分たちは、人月と数えられる。
そんな社会。

何が悲しいって、これなんだよ。
だってさ、それがあっての主要産業だもの。
日本ってそういう無数の人たちの下働きがピラミッドの底辺となって
そこから頂上に向かって巨大な、途方もない大きさの「搾取」と「上乗せ」が積み重なっていく。

でも、その構造を壊すわけにはいかない。産業がなければ日本が倒れてしまう。

だからいい学校にいかなくちゃ、って?
脱落したらそんな人生になっちゃうんだから、って?

たしかに当たってるよ。そのとおり。

誰かが担うことになるその非人間的な仕事を
なんとか免れた人たちは
もうそんな世界がなかったことのように
「どこかで誰かが生活のためにやってること」として、
異次元のものとして感じている。

格差社会の最大の恐ろしさって何だろう。
それは、
底辺の人たちが人間として扱われなくなるにつれて、
みんなから忘れられちゃうこと。
人間として生きられない人たちは
生きていけなくなる。

加藤 智大は、アキバで見ず知らずの他人を巻き込み、
人生最大の「コミュニケーションイベント」をして自分を社会から抹殺しようとしたのだ。

こんな社会になってしまった。涙が止まらない。



加藤 智大はもうインターネットなどアクセスすることもないだろうが、
この、あまりにも寂しい25才に
吉田拓郎の「元気です」の歌詞を。



元気です
作詞作曲:吉田拓郎

誰もこっちを向いてはくれません。
一年目の春 立ち尽くす私。
道行く人々は日々を追いかけ、今日一日でも確かであれと願う。

かすかにのぞいた雨上がりの空をみて、
笑顔を作ってどうですかと問いかける。
いろんなことがあり愛さえ見失う。
それでも誰かと触れ合えば、そうだ元気ですと答えよう。

風よ運べよ 遠い人へのこの便り。
二年目の夏 涙ともらい水。
幸せの色は 日に焼けた肌の色
唇に浮かんだ言葉は塩の味。

出会いや別れに慣れてはきたけれど、
一人の重さが誰にも伝わらず、
どこかに旅立てば振り返りはしない
それでもこの町に心を沈めたい。
そうだ「元気です」と答えたい。

夕暮れ時には思いが駆け巡り、
三度目の秋何かが揺れている。
時間を止めても過ぎ行くものたちは 
遥かな海原に漂い夢と散る。

微かに聞こえた優しさの歌声は、
友や家族の手招きほど懐かしく、
木の葉に埋もれて季節に身を任す。
それでも私は私であるために、そうだ「元気ですよ」と答えたい。

自由でありたい心のままがいい。
四年目の冬寒さを拒むまい。
どれだけ歩いたか考えるよりも、
標なき明日に向かって進みたい。

あなたの人生がいくつもの旅を経て、
帰る日来れば、笑って迎えたい。
私も今また船出のときです。
言葉を選んで渡すより、そうだ「元気ですよ」と答えよう。


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コメント
はじめまして!
ブログ読んで、ああわかってくれる人もいるんだなと思いました。

彼とそっくりな人生を送って、乗り越えるまでにも狂わんばかりの困難と遭遇してきました。。。この辛さは、経験したものしか理解できない。だれも理解してくれない。。。しようともしない。
そう思っていました。

こういった記事に出会えて感激です。
ありがとうございます。
| やすらぎ | 2008/06/17 12:10 PM |
こんばんは、おれんぢです。

このニュースを見たときは、信じられませんでした。
今までにも"通り魔事件"と言われる事件はありましたが、これが地獄なんだとここまで思った事はありません。

容疑者の様な残念な環境に置かれてる人がいる…この日本が崩壊している事がいよいよ公になってきたのだろうな、と思えてなりませんでした。
もちろん、人が人のみならず生あるものを殺める事は、絶対に許される事ではありません。
しかし、この事件が起こったのも、一概に本人だけが悪かったとは言いきれないと思います。


彼がここまでして自分の存在を認めてもらいたかったのは何故だろう…?
彼や同じ様な経験をしてきた人の気持ちを理解するのは、困難だと思います。
しかし、今の日本全体、親や"大人"と呼ばれる人々、人間一人ひとりのモラルや存在そのものが壊れているからなのは明らかではないかな、と思います。

「死ぬなら一人で死ねよ」「無差別に殺したからって何が変わるんだ?」と最初は思っていましたが、日が経つごとに彼の事が無性に惨めに思えてなりません。惨めと言うよりは、同情に近いのかもしれません。
周りの人が止められるなら止めるのも必要な処置だとも思いますが、何より自分で自分のコントロールが出来なければと思って仕方がありません。


確かに、彼と同じ状況に置かれたら、社会に反抗したくなるんだろうけれども、だからと言って自分の事は棚に上げて、親が悪いだの会社が悪いだのと文句を言うような事はしないと思うし、決して人を殺そうと思いません。
もっと自分を見つめ直して、少しでも前向きに考えようとすると思います。
実際に、彼よりももっと残酷で孤独な人生を送ってきた人を知っていますが、その人は健気に人生を歩んでいます。その人の生きてきた人生を見てると、容疑者の悩みなんて悩みとは言えないレベルの話だと思ってしまいました。


不適切な事を言ってしまったかもしれませんが、自分だけが不幸なんだと思わないいで生きてほしかったです。もっと世界は広いのだから、視野を広げてみれば良かったのではないかなと思ったりします。


自分ももしかするとアナーキーな部分もあるかもしれませんが、人間として生きていく上での最低限のルールは守って生きていこうと改めて心に決めた事件でもありました。


世界が平和になるのを、心から祈るばかりです。
| おれんぢ | 2008/06/19 8:52 PM |
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